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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)57号 判決 1995年6月15日

愛媛県松山市馬木町700番地

原告

井関農機株式会社

同代表者

水田栄久

同訴訟代理人弁護士

花輪達也

東京都千代田区外神田4丁目7番2号

被告

株式会社佐竹製作所

同代表者

佐竹利彦

同訴訟代理人弁護士

柏木薫

松浦康治

弁理士 稲木次之

押本泰彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「 特許庁が昭和62年審判第19831号事件について平成4年1月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「撰別機」とする発明(以下「本件発明」という。)についての特許第320274号(昭和34年2月3日に出願の昭和34年特許願第3468号(以下この出願を「原出願」といい、この出願に係る発明を「原出願発明」という。)から同49年5月20日分割出願し、同57年2月23日に昭和57年特許出願公告第9872号として出願公告され、同60年11月29日設定登録された。)の特許権者であるところ、原告は、昭和62年11月9日、上記特許について無効審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和62年審判第19831号事件として審理した結果、平成4年1月30日、上記審判請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成4年2月26日、原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲

一方側を供給側Hとし、供給側Hに対する反対側他方を排出側Lとし、供給側Hを高く、かつ排出側Lを低く配置することにより、供給側Hより排出側Lに向って異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる無孔の撰別盤1に、穀物粒の前記流動する方向に対して左右側の方向に斜上下の往復動を与えると共にその揺上側に側壁を設け、もって、撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させるようにしたものにおいて、前記無孔の撰別盤1を複数多段状に重架させてなる撰別機。

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項の特許請求の範囲記載のとおりである。

(2)  本件分割出願の適法性について

(a) 本件発明の要旨は前項の特許請求の範囲記載のとおりであり、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないことは、本件発明の明細書の記載から明らかである。したがって、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない。

なお、請求人(原告)は、原出願明細書及び図面(別紙図面2参照)には、「撰別盤を左右水平状態にする」と解釈できる記載は一切ないから、本件分割出願は要旨の変更に当たると主張するので検討する。

なるほど、原出願明細書及び図面には、撰粒盤を縦方向に水平状態にすることについての具体的な記載はない。しかしながら、原出願発明は、粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して縦方向に揺動角βをなして揺動することにより、撰粒盤1の横方向の一側中央部H2付近(高い供給側)に供給された混合粒を、混合粒が撰粒盤上を横方向の他側部L2(低い排出側)に向かって流動する行程において、第5図のごとく横流れの両側方にそれぞれ偏流させ、籾又は完全麦粒を縦低部白線矢印に、玄米又は砕麦粒は反対の縦高部黒線矢印にそれぞれ分離するものである。そして、原図面の第1図には撰粒盤1を揺動角βで縦方向に斜め上下の往復動を与える状態が図示されており、また原出願明細書には、撰粒盤の縦方向(左右方向)の傾斜角度や横方向の傾斜角度は任意に調節することができる、旨記載されている(明細書7頁2、3行)。そして、これらの傾斜角度の調節は、混合粒の種類やお互いの傾斜角度に応じて任意の角度で行われるわけであるから、傾斜角度が0に近い場合、すなわち、水平状態に近い場合もあると解するのが技術常識からみて自然な解釈である。したがって、撰粒盤を縦方向(左右方向)に水平状態に保持することは、原出願明細書及び図面に実質的に記載されている事項の範囲内に含まれているから、請求人の前記主張は妥当性に欠ける。

(b) 請求人は、撰別盤を縦方向に傾斜させる場合と、傾斜させずに水平にした場合とでは、撰別作用に差異があるとした上で、本件発明においては、「撰別盤を縦方向に傾斜させる」との要件が削除され、撰別盤の図面も水平に変更されたため、撰別盤が水平でなければ生じない構成を要旨としているが、かかる撰別盤を水平とする撰別原理は原出願にはないから、要旨変更に当たると主張する。

そこで、本件発明が要旨とする「撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させる」という構成が原出願明細書及び図面に記載されているか否かについてみると、原出願明細書1頁10行ないし3頁2行にかけて、原出願発明の作用の説明として、「粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して縦方向に揺動角βをなして揺動することにより、撰粒盤1の横方向の一側中央部H2付近に供給された混合粒を、混合粒が撰粒盤上を横方向の他測部L2(低い排出側)に向って流動するH2とL2の間の行程において、第5図の如く横流れの両側方に夫々偏流させ、籾又は完全麦粒(比重の小さな穀粒)は縦低部白線矢印に、玄米又は砕麦粒(比重の大きな穀粒)は縦高部黒線矢印に夫々偏流する」旨記載されており、この記載からみて、原出願明細書及び図面には、横方向に傾いた撰粒盤(撰別盤)に、縦の方向(混合粒の流下する方向に対する左右側の方向)に対して揺動(斜上下の往復動)を与え、撰別盤上の混合粒が排出側に流動する行程の間比重の大きな穀粒と比重の小さな穀粒とを両側に偏流分離させるという撰別原理が開示されているものと認められる。

さらに、原出願明細書の3頁5行ないし11行には、混合粒の撰粒盤上の流動の説明として、「転動し易い玄米粒や砕麦粒は盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きいので盤1の粗雑面の抵抗によって斜上高部に押進されると共に盤1が低方向に復する瞬間その関係位置にズレを生じ盤1に対して傾上縦方向に前進しこの振動運動を反復するので連続的に籾と玄米と或いは完全麦と砕麦は縦高低両側方に偏流されて(後略)」との記載があり、また、原出願明細書5頁3行ないし5行には、「混合粒は横に流れるから分離されただけその流量を減じ同時に逐次純度を高めて行く」との記載がある。

これらの記載からみると、原出願発明においては、撰粒盤上の混合粒は横方向に流れながら揺動運動を受け、その流れの行程で比重の大なる穀粒と比重の小なる穀粒とを揺動方向の左右側に逐次純度を高めるようにしてそれぞれ撰別しているものと認められ、そして、比重の大なる穀粒は撰別の進行に伴い撰粒盤の左右方向の中間部から揺上げ側方向に徐々に多く撰別されていく傾向にあり、この撰別現象が「比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させる」ことに他ならないものと認められ、これに対し、同時に比重の小なる穀粒が比重の大なる穀粒の反対側に偏流させて分離されるものであり、この撰別現象が「比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させる」ことに他ならないものと認められる。そうだとすると、「撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物粒はその反動で反対側に偏流させて分離させる」という本件発明の構成は、原出願明細書及び図面に実質的に記載されていたものということができる。

なお、横方向に傾斜した撰粒盤に縦方向から斜上下の往復動を与えて混合粒を撰別するに際し、撰別盤を水平にした場合と傾斜させた場合とで、撰別盤上の穀粒の流れ現象に多少の差異が生ずるとしても、撰別盤の斜上下の往復動により比重の大なる穀粒を斜上方に揺上げ、比重の小なる穀粒をその反動で反対側に偏流させて分離するという原出願発明の撰別原理は、撰別盤が水平であっても傾斜していても変わるところはないものと認められる。このことは、原出願明細書の7頁2、3行の、「撰粒盤の縦又は横の傾斜角度を任意に調節する。」との記載、すなわち、水平に近い場合のあることからも明らかである。したがって、請求人の前記主張は根拠がない。

(c) 以上のとおり、本件発明は要旨変更には当たらないから、出願日は遡及せず、審判甲第1号証により本件発明は拒絶されるべきであるとする請求人の主張は採用できない。

(3)  大正10年法律第96号(以下「旧特許法」という。)1条の規定に該当しないとの主張について

請求人は、本件発明は審判甲第6、7号証及び同第9、10号証の記載事項に基づいて容易に発明できたものであるから、旧特許法1条に規定する「新規ナル工業的発明」に該当せず、同法57条の規定により無効であると主張するが、本件発明は上記甲号各証に基づいて容易に推考し得たものとすることはできないから、上記主張は理由がなく失当である。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)及び同(2)(a)は争う。同(b)のうち、原出願明細書1頁10行ないし3頁2行にかけての記載に関し、「粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して縦方向に揺動角βをなして」とある「横方向」は「縦方向」の誤りである。原出願明細書の前記記載部分のうち、その余の記載部分は認める。原出願明細書の3頁5行ないし11行にかけての記載に関し、「転動し易い玄米粒や砕麦粒は盤1の揺動角β」のうちの「盤1の」とある部分を除くその余の記載事項は認める。その余は争う。同(c)は争う。同(3)は認める。

審決は、本件分割出願は原出願の要旨を変更するものであるから、出願日は遡及しないにもかかわらず、上記の分割出願を適法であるとして、審判甲第1号証との対比判断を行うことなく、本件審判請求を成り立たない、としたものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  審決は、本件発明の要旨は前記特許請求の範囲記載のとおりであり、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないから、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない、と認定判断している。

本件発明の特許請求の範囲には、撰別盤1が縦傾斜しているとも水平であるとも記載されていないことは審決認定のとおりであるが、発明の詳細な説明中には、撰別盤が縦方向(左右方向)に水平状態に保持されている実施例のみが開示されている。

一方、原出願明細書には、活字部分と手書きの訂正部分とがあるが、上記訂正部分はすべて特許出願人である被告代表者によって出願後の昭和35年2月1日に出頭訂正されたものであるから、訂正前の明細書が本件発明の原出願明細書と同明細書添付の図面に当たる。したがって、本件分割出願の要旨変更の有無は、上記の訂正前の原出願明細書及び図面(以下「原出願当初明細書及び図面」といい、同明細書及び図面に記載された発明を「原出願当初発明」という。)を基礎として判断されなければならない。

そして、原出願当初明細書には、「粗雑面をなす撰別盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ」と記載され、発明の詳細な説明中にも、撰別盤を縦方向に傾斜する実施例のみ記載されている。審決は、原出願当初発明は、「粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して」と認定しているが、「粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して」の誤りであり、また、原出願当初明細書に「撰粒盤の縦方向の傾斜角度や横方向の傾斜角度は任意に調整することができる」と記載されているから、傾斜角度が0に近い場合、すなわち、水平状態に近い場合もあると解するのが技術常識からみて自然な解釈であると認定判断しているが、そのような技術常識は存しない。

上記のような原出願当初明細書から分割出願するときは、特許請求の範囲に、「撰別盤を縦方向に傾斜して」との条件を外して何も言及せず、実施例には撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている構成を開示すれば、その発明の技術的範囲には、撰別盤を縦方向に水平状態に保持する構成と縦方向に傾斜させる構成の両方を含ませる発明となる。

本件発明が縦方向の傾斜がゼロの場合を含むものであることは被告も自認するところである。

したがって、本件発明は、原出願当初明細書及び図面に記載されていない構成を要旨とするものであって、発明の要旨変更があるから、審決の前記判断は誤りである。

(2)  また、審決は、「撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させる」という本件発明の構成は原出願当初明細書及び図面に実質的に記載されているということができる、と認定判断している。しかしながら、審決の上記認定判断は、次に述べる理由により誤りである。

(a) 原出願当初明細書には、「本発明は粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ該盤上の横方向の一側に供給する雑粒混合粒体を横の他側方向に流動せしめながら該盤上の縦方向の高低両側に異種粒を偏流撰別することを特徴とする撰別機である。」(1頁10行ないし14行)と記載されており、特許請求の範囲にも同様の記載がある。審決は、原出願当初明細書の1頁10行以下には「粗雑面をなす撰粒盤を横方向に傾斜して」と記載されていると認定したのは、「粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して」の誤りである。

ところで、上記の「粗雑面をなす撰粒盤」、「縦方向に傾斜」、「縦に振動せしめ」及び「横方向の一側」の各用語の技術的意義は以下のとおりに解すべきものである。

<1> 原出願当初明細書に「第6図は撰粒盤の応用例でaは多孔板を無孔板と接着したもの、bは圧搾して凹凸面を形成したもの、cは金網を無孔板と接着したものであるが撰粒盤には多孔壁を用いてもよい」(2頁7行ないし10行)と記載されていることからみて、「粗雑面をなす撰粒盤」とは、表面が凹凸のあるざらざらした盤を意味しているものと理解できる。

<2> 原出願当初明細書に「第4図、第5図に見るように撰粒盤1の縦方向の高側縁H1、低側縁L1には夫々撰別流路をなす側壁5及び6を設け」(1頁19行ないし2頁2行)と記載されており、この記載と第5図を照らし合わせてみると、「縦方向に傾斜」とは、H1よりもL1の方が低いことを意味しているものと理解できる。

<3> 原出願当初明細書に「支杆3、3’及び4、4’によって縦方向に揺動するように装架され第4図、第5図に見るように撰粒盤1の縦方向の高側縁H1、低側縁L1には夫々撰別流路をなす側壁5及び6を設け撰粒盤1は支枠2に連なるエキセントリック装置7により縦に揺動する」と記載(1頁17行ないし2頁4行)されていることからみて、「縦に振動せしめ」とは、実施例では斜め上下方向の揺動運動を指しているように理解できるが、特許請求の範囲においては「縦に揺動せしめ」としているところからみて、斜め上下方向に止まらず、上下方向の振動全般を意味するものと理解できる。

<4> 原出願当初明細書に「混合粒を撰粒盤1の横方向の一側中央部H2附近に供給すると縦に揺動されながら縦中間盤面を横方向の他側部L2に向い流動するが第5図の如くH2とL2間の行程に於て穀粒は連続的にその点線矢印の横流れの両側」と記載(2頁13行ないし18行)されていることからみて、「横方向の一側」とは、第5図のH2とL2を結んだ方向を横方向といい、H2の中央部を「横方向の一側」としているものと理解できる。

そこで、以上の各用語の意味を踏まえて、原出願当初明細書の特許請求の範囲の記載の技術的意義をみると、上記明細書には、第5図において、撰粒盤を、H1とL1のうち、L1を低くして左右側に傾斜させ、この撰粒盤を上下方向に振動させて、異種粒を撰別する技術について開示されているものと理解できる。

なお、原出願当初明細書においては、撰粒盤を横方向に傾斜させることについては要件としていない。なぜなら、原出願当初明細書には「縦振動をなす撰粒盤を縦即ち経にのみ傾斜し横方向には傾斜せず水平をなす場合がある。即ちこの横即ち緯に対する撰粒盤の傾斜角は横流動の速度に関係するのみであるから時に横流動の方向に向い傾上し時に傾下し時に水平となす場合があり何れにしても本発明の要素をなすものではない。要するに撰粒盤上に供給される原料のなす山が該盤の横他側端部より高ければ揺動により必ず低い他側方に雪崩の如く流下して行くものである。」(6頁4行ないし13行)との記載があり、この記載から明かなように、横方向の撰粒盤の傾斜は排出スピードに関係するのみであり、分離とは関係がないから、要件としなかったのである。

さらに、原出願当初明細書には、実施例につき、「例図について1は多数の壺穴を押出した鉄板製の粗雑面撰粒盤で縦横共即ち経緯共に傾斜して支枠2に装着され支枠2と共に支杆3、3’及び4、4’によって縦方向に揺動するように装架され第4図、第5図に見るように撰粒盤1の縦方向の高側縁H1、低側縁L1には夫々撰別流路をなす側壁5及び6を設け撰粒盤1は支枠2に連なるエキセントリック装置7により縦に揺動する。8は給粒用タンク、9は撰粒盤1の横側端部に於て位置を移動調節するよう壁板に設けた流出口である。第6図は撰粒盤の応用例でaは多孔板を無孔板と接着したもの、bは圧搾して凹凸面を形成したもの、cは金網を無孔板と接着したものであるが撰粒盤には多孔壁を用いてもよい」(1頁15行ないし2頁10行)と記載され、次いで、撰別の作用について、「本発明の作用を実施例について説明すると先ず給粒用タンク8から雑粒混合原料例えば籾玄米の混合粒或は完全麦粒と砕麦粒の混合粒を撰粒盤1の横方向の一側中央部H2附近に供給すると縦に揺動されながら縦中間盤面を横方向の他側部L2に向い流動するが第5図の如くH2とL2間の行程に於て穀粒は連続的にその点線矢印の横流れの両側方即ち黒線矢印、白線矢印の縦の高低両側方に夫々偏流され籾又は完全麦粒は縦低部白線矢印に、玄米又は砕麦粒は反対の縦高部黒線矢印に偏流する。即ち盤1の揺動角が盤1の傾斜角より大きいので粒大又は流動抵抗の大なる籾とか完全麦粒若しくは長粒子は上流せず低位に向い流下し転動し易い玄米粒や砕麦粒は盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きいので粗雑面の抵抗によって斜上高部に押進されると共に盤1が低方向に復する瞬間その関係位置にズレを生じ盤1に対して傾上縦方向に前進しこの振動運動を反復するので連続的に籾と玄米或は完全麦と砕麦は縦高低両側方に偏流され夫々の側壁5、6に沿い横の他側部L2の端部に於ける傾斜低部L3と傾斜高部L4とに籾と玄米を撰出し又は完全麦粒と砕麦を撰出する。而してL3とL4間にはそれぞれの中間粒子が流出する。籾と玄米ならその混合粒又は完全麦粒と砕麦ならその中間粒大の砕麦粒が流出する。従ってL2部の流出口を分割すれば撰別粒の種類も亦これによって定まる訳である。」(2頁11行ないし3頁19行)と記載されている。

以上の記載に基づいて、原出願当初発明における、玄米粒は傾斜の高いH1の方向に黒線矢印のように流れ、籾粒はL1の方向に白線矢印のように流れるとの撰別作用についてみると、以下のようになる。

すなわち、玄米粒は、撰粒盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きいので(原出願当初明細書添付の図面の第1図の揺動角βと傾斜角αを比べるとβ>αと図示されている。)、撰粒盤1の粗雑面の摩擦抵抗によって傾斜の高いH1の方向に押進される。これに対し、籾粒については、原出願当初明細書に前記のとおり、「盤1の揺動角が盤1の傾斜角より大きいので、粒大又は流動抵抗の大なる籾とか完全麦粒若しくは長粒子は上流せず低位に向い流下し」とあるように、揺動があっても上流せず、低位に向かい流下するのは、撰粒盤1にL1がH1より低い縦方向の勾配があるためである。縦方向の勾配がなければ、前記の白線矢印のような低位に向かい流下する移動現象は生ずる余地はない。そうすると、原出願当初明細書には「撰粒盤の縦又は横の傾斜角度を任意に調節する」(7頁2、3行)との記載があるが、その意味は、前記のとおり、勾配により白線矢印の方向の流れによる撰別を前提として発明が構成されている以上、いかなる場合においても傾斜は必要であり、勾配がゼロとなることは絶対にあり得ないといわなければならない。

以上のとおり、原出願当初発明は、撰粒盤1を横方向(H2、L2方向)には傾斜させてもさせなくてもよいが、縦方向(H1、L1方向)には、籾粒が勾配で白線矢印のようにL1方向に流れるようにL1側を低く傾斜させ、これに縦(上下方向)の振動を与えて玄米粒は高い側のH1方向に偏流させ、籾粒は低い側のL1方向に偏流させて分離するという技術である。

(b) これに対し、本件発明における撰別作用について、本件明細書には「籾米粒と玄米粒の混合粒を供給タンク16より各段の撰別盤1、1・・・の供給側Hに均等に供給し、偏心輪14を回転させて撰別盤1、1を揺動させると、支台2を取付けている支杆12、12が斜めに軸着6、7されている関係上、矢印Wのごとく左右側に斜め上下動をする。したがって、撰別盤1、1は、そのHL間を流動する穀物に対して左右方向に斜め上下の往復揺動Wをすることになる。しかして、斜め上下のあおり運動をうけた混合粒は第一次現象として比重の大なる玄米粒は下層に沈下し、比重の小なる籾粒は上層を浮上する。そして、下層に沈下した玄米粒は、第二次現象として、側壁3方向に揺寄せられて隆積し、上層に浮上した籾粒は、その反動で反対側に偏流し、この状態を保ちながら、徐々に、排出側L方向に流動し、玄米は、第1図のE1線のごとく流動して排出される。籾粒は、逆にE3線をもって表示したごとく揺下側に向って集合して落粒防止用側壁4にそって偏流する。分離されない混合中間粒E2のように排出される。」(3欄19行ないし4欄5行)と記載されている。

上記記載を基に本件発明における撰別作用をみると、縦方向の傾斜のない水平の撰別盤1であるから、原出願発明でみられた籾粒が低位L1に向い流下するという現象は起きない。したがって、撰別盤1の左右中央に供給された玄米粒と籾粒は、共に側壁3方向に揺り寄せられて必ず隆積する。反対に中央から側壁4の方向には、1粒の米粒をも分布することのない空白部となる。中央から側壁3の間で隆積した玄米粒と籾粒のうち、軽い籾粒は行場を失い隆積した玄米粒の上に浮上する。しかしながら、撰別盤1は引き続き揺動しているので、玄米が次々と休みなく隆積作用を奏するので、その反動で、上層に浮上した籾粒は側壁3とは反対方向に偏流するが、決して、中央より側壁4方向には偏流することはない。

(c) 以上のように、本件発明と原出願当初発明とは穀物の分離の方法(手段)を異にするものであり、また、本件発明は、撰別盤を約2分の1と狭くし、かつ、多くの撰別盤を重ねることが可能となるという原出願当初発明が奏することができない顕著な作用効果を奏するものである。

(d) したがって、審決は、前記に述べたように、原出願当初明細書の記載事項の認定を誤り、この誤った記載に基づき、原出願当初発明においては、縦方向の傾斜が必須の構成要件であり、この縦方向の傾斜の存在によって始めて撰別が可能となることを看過し、撰別盤が水平方向にあることを包含する本件発明を要旨変更とは認められないと誤認し、本件発明に係る分割出願を適法としたものであるから、違法であり、取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  原告は、平成6年6月16日の第11回準備手続期日において陳述した平成5年1月28日付準備書面において、審決の取消事由(1)において誤りと主張する審決の認定判断はこれを認める、と述べているから、これを撤回して争うのは自白の撤回に当たり、許されない。

また、本件発明の特許請求の範囲は、撰別盤の縦傾斜の有無について何ら言及されておらず、ましてや縦方向水平を要旨とするものではない。

そして、原出願明細書には、加筆と削除による訂正がされているが、上記の訂正部分が出願当初から訂正されたものであるのか、それとも出願後になされた訂正であるのかを区別することはできない以上、訂正後のものを原出願明細書として扱うほかはない。また、原出願当初発明が撰粒盤の縦方向傾斜を要件とするものであるとしても、原出願明細書には、「撰粒盤の縦又は横の傾斜を任意に調節する」(7頁2、3行)との記載があり、撰粒盤の縦の傾斜については、水平であってはならない旨の記載はないのであるから、撰粒盤の縦の傾斜をなくして水平とすることも含んでいると解釈される。また、本件発明も、撰粒盤の縦の傾斜がある場合も、縦の傾斜をなくして水平とする場合も含んでいると解釈されるから、この点を捉えて要旨の変更に当たるとすることはできない。

2  原出願当初発明が撰粒盤の縦方向傾斜を要件とするものであるとしても、原出願明細書には撰粒盤の縦の傾斜をなくして水平とすることも含んでいることは、前記1のとおりである。

また、原告は、撰粒盤の縦傾斜を必須の構成要件とする原出願当初発明においては、籾米の揺下側への偏流は撰粒盤の縦傾斜によって生ずるのに対して、縦の傾斜を必須の要件としない本件発明においては、籾米の揺下側への偏流は玄米の揺上側における隆積によって生ずるから、両者は撰別原理を異にすると主張するが、誤りである。

(1)  原出願当初明細書には、「即ち盤1の揺動角が盤1の傾斜角より大きいので粒大又は流動抵抗の大なる籾とか完全麦粒若しくは長粒子は上流せず低位に向い流下した転動し易い玄米粒や砕麦粒は盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きいので粗雑面の抵抗によって斜上高部に押進されると共に盤1が低方向に復する瞬間その関係位置にズレを生じ盤1に対して傾上縦方向に前進しこの振動運動を反復するので連続的に籾と玄米或は完全麦と砕麦は縦高低両側方に偏流され夫々の側壁5、6に沿い横の他側部L2の端部に於ける傾斜低部L3と傾斜高部L4とに籾と玄米を撰出し又は完全麦粒と砕麦を撰出する。而してL3とL4間にはそれぞれ中間粒子が流出する。」(3頁2行ないし15行。なお、無用な争点を避けるとの観点から、上記の引用は原告主張の原出願当初明細書の記載によるが、原出願当初明細書が訂正部分を含むものであることは既に主張したとおりである。)との記載がある。

そこで、籾と玄米を例として上記記載の技術的意義を検討すると、籾と玄米の混合粒に振動を与えると、玄米は下層に沈下し、籾は上層に浮上して上下に分離する。そして、与えられる振動が上下方向の要素をも有している方が混合粒に攪拌作用が付与されるので、分離のためには効果的であり、上記記載の「盤1の揺動角が盤1の傾斜角より大きいので」との部分は、このような上下方向の要素をも含む振動が与えられることを述べたものである。次に、玄米の上層に浮上した籾は、その結果「粗雑面の抵抗」を殆ど受けないからこそ「上流せず低位に向かい流下」するのである。これに対して玄米は、「転動し易い」のであるが、これは籾に比して粒の大きさが小さく表面の摩擦も小さいため流動抵抗が小さいという性状を述べたものである。そのため、玄米は、上述のような振動により下層に沈下し、「粗雑面の抵抗」を受ける結果「斜上高部に押進される」のである。

このように籾と玄米の上層下層への分離と揺上側揺下側への分離は、同時併行的に生じるのである。上記引用部分では説明のために、籾の分離作用と玄米の分離作用とが分けて述べられているが、それぞれが別に生じる訳ではない。したがって、籾の揺下側への分離は、玄米の揺上側への分離と無関係に生じるのではなく、玄米が揺上側に分離されるからこそ籾が揺下側へ分離されるのである。すなわち、上記の引用部分には、玄米の「揺上側への隆積」や籾の「反対側への偏流」という言葉は用いられていないが、このような現象は当然の前提とされているのである。

そもそも籾と玄米では、玄米の方が転動し易いため、盤1の傾斜(勾配)と振動によって籾のみを揺下側に流下させることは不可能である。籾が揺下側に流下するような盤1の縦傾斜ならば、これにより表面の摩擦の小さい玄米も揺下側に流下してしまうのである。原出願当初発明は、盤1の表面を粗雑面とする構成により、玄米が斜上高部に押進される勾配であれば、籾だけを盤1に供給して揺動させた場合でも、籾は盤1の斜上下の揺動により斜上高部に押進されるのであり、また、勾配を更に急にすれば、玄米といえども籾と同様に斜上高部に押進されず、流下するのである。つまり、このような勾配を有する盤による押進現象は、籾と玄米とで基本的な相違はなく、原出願当初明細書のどこをみても籾と玄米とを押進現象の相違に基づいて撰別しようとすることを窺わせる記載はない。

そして、盤1の縦傾斜は、上層に浮上した籾の偏流を促進するための構成であり、前述した、「玄米の揺上側への隆積」及び「その反動による籾の反対側への偏流」は、盤1の縦傾斜の有無にかかわらず生じるのである。すなわち、原出願当初発明においては、盤1の斜上下揺動は、籾と玄米との上層下層の分離及び下層に位置する穀粒の揺上げという2重の作用を併行的に生じさせるものとして利用されているのである。

(2)  次に本件発明の撰別原理についてみると、本件発明は粗雑面からなる無孔の撰別盤上で異種混合穀物粒に斜上下の往復動を与えるようにしたものである。したがって、振動を利用した発明であるから、粗雑面よりなる無孔の撰別盤上に供給された異種混合穀物粒、例えば籾と玄米との混合粒は斜上下の往復動という振動の第1次現象として、玄米粒が籾粒よりも沈下し、撰別盤上において下層に位置することになる(上下方向の分離)。次に、穀物粒を撰別盤の供給側から排出側にかけて流動させながら、この撰別盤に対して穀物粒の流動する方向に対して左右側の方向(左右方向)に斜上下の往復動を与えるようにしたものである。この斜上下の往復動により下層に沈下した穀物粒(玄米)はまず撰別盤が斜上方へ移動するときに、盤面に押しつけられるような状態で支持されて撰別盤とともに揺上側へ移動する。そして、撰別盤が斜上方への運動から斜下方への運動へ移る際、慣性によってその盤面から離れる傾向を示す。このため、引き続き撰別盤が斜下方へ移動するときには、盤面上の玄米粒は盤面の影響を受けない。したがって、上記の玄米粒が盤面上に落下し再び盤面に支持される際には、撰別盤上の元の位置よりも揺上側へ寄った場所に移動している。そして、撰別盤のこのような往復動が反復されることにより、盤面上に沈下した玄米粒は揺上側へ徐々に移動する。そして、この揺上側に移動した玄米は揺上側にある側壁によって進行を遮られるため、そこに隆積する。

これに対して、上層の籾粒は盤面の動きをその下層側の玄米粒を介して間接的に受けるにすぎず、むしろ、慣性によってその位置に止まろうとする傾向にある。このため、沈下した玄米粒が揺上られる際には、籾粒は玄米粒との間に反動によるずれを生ずるとともに、玄米粒の揺上側への隆積のために反対側に偏流して集合し、両者の中間には、籾と玄米の混合粒が存在する。そして、それぞれの穀物粒が盤面上で左右方向に分離された状態を維持しながら、撰別盤の流下方向の傾斜により、低い排出側に流動して排出されるのである。

(3)  以上のとおり、原出願当初明細書についての原告の理解は誤りであり、原出願当初発明と本件発明は、共に比重の重い玄米の下層における隆積と比重の軽い籾粒の上層における偏流によって撰別するものであって、両者の撰別原理には何らの差異はないのであるから、原告の主張は誤りである。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  成立に争いのない甲第2号証(昭和57年特許出願公告第9827号公報)によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題旨(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件発明は、従来の揺動する撰別盤を有する穀粒撰別機のうち、

<1>  水平に位置させた撰別盤を水平方向に揺動させると共に、板面に穀粒を片寄せる揺寄せ突起を多数設け、撰別盤の揺動方向に穀粒排出部を形成した撰別機は、粒相互が分離しにくく下層部の穀粒ばかりを一方に片寄せ、穀粒の混流を防止できない欠点があり、

<2>  多数の通孔を形成した撰別盤を用い、その下方から通孔を通して通風する撰別機は、通風によって穀粒間の隙間が粗大となり、空気流に対する抵抗に差の少ない、例えば玄米粒と砕粒等の混合粒のような穀粒の撰別が不可能であり、また、風のため穀粒が散乱して撰別精度を低下させ、さらに、塵埃により通孔が目詰まりし、撰別性能が低下する危険があり、

<3>  上記撰別機において、撰別性能向上のため通孔盤を多段に重ねると、上下の撰別盤によって空気の流れが不均一になり、これを解消するため各撰別盤の隙間を大きくすると、構成重量が大となり、構造も複雑で揺動部の重心位置が高くなって振動に対し不安定となる欠点がある(1欄18行ないし2欄14行)。

(2)  本件発明は、上記の欠点を解消することを技術的課題(目的)として、特許請求の範囲(4欄21行ないし33行)の構成を採用したものである。

(3)  本件発明は、撰別盤を無孔とすることによって、穀粒間の密度を大にし、その斜め上下の揺動によって穀粒間の摩擦を利用しながら、穀粒の艦を促して別を行い、<1>玄米粒に対す司砕粒等の混合粒のように空気流に対する抵抗差が小さく穀粒間に摩擦差のある特殊な混合穀粒でも高い精度の撰別ができ、かつ、<2>撰別作用に目詰まりや散流を生ぜず、安定した撰別ができ、しかも、<3>単一無孔撰別盤では得られない撰別能力が得られると共に、<4>各撰別盤の間隙を小さくできるので全体の高さが低く振動に対する安定性があり、<5>通風のための装置を必要としないので構造が簡単で重量の小さい撰別機を提供できるという作用効果を奏する(4欄6行ないし19行)。

2  原告は、本件分割出願は原出願の要旨を変更するものであるから、出願日は遡及しないにもかかわらず、上記の分割出願を適法であるとして、審判甲第1号証との対比判断を行わなかった審決は、違法であり、取消しを免れない旨主張する。

(1)  当事者間に争いのない請求の原因第2の1の事実によれば、本件発明は、昭和34年2月3日に出願の原出願発明から同49年5月20日分割出願し、同60年11月29日設定登録された特許権に係るものであるから、旧特許法の適用を受けるところ、旧特許法の定める特許出願分割の制度の趣旨にかんがみると、旧法9条1項の規定により原出願から分割された新たな出願が同項の規定により原出願の時においてこれをしたものとみなされるためには、分割された出願に係る発明にっき、原出願の願書に添付した当初の明細書に、分割出願に係る発明の要旨とする技術的事項のすべてが、当業者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施できる程度に、記載されていることを要するというべきである(最高裁第三小法廷昭和53年3月28日判決参照)。

そして、分割出願に係る発明の要旨とする技術的事項は、特段の事情のない限り、分割出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて認定すべきところ、本件発明の特許請求の範囲は、請求の原因第2の2記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、撰別盤を縦方向(左右方向)に水平状態に保持することは、特許請求の範囲に記載されていないことが明らかである。

この点について、原告は、本件発明の特許請求の範囲には、撰別盤1が縦傾斜しているとも水平であるとも記載されていないことは認めるが、発明の詳細な説明中には撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている実施例のみが開示されており、一方原出願当初明細書の特許請求の範囲には「粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ」と記載され、発明の詳細な説明中にも撰粒盤を縦方向に傾斜する実施例のみ記載されているから、分割出願に際し、特許請求の範囲から「撰別盤を縦方向に傾斜して」との条件を外し、実施例に撰別盤が縦方向に水平状態に保持されている構成を開示すれば、その発明の技術的範囲には、撰別盤を縦方向に水平状態に保持する構成と傾斜させる構成が含まれる旨主張する(弁論の全趣旨に徴し、原告が上記審決の認定判断を認めていたとはいえないから、上記主張が自白の撤回に当たるとする被告の主張は理由がない。)。

しかしながら、本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、一方側の供給側Hを高く、かつ他方側の排出側Lを低く配置することにより、供給側Hより排出側Lに向って異種混合穀物粒が徐々に流動するように構成した粗雑面よりなる、複数多段状に重架させた無孔の撰別盤に、穀物粒の前記流動する方向に対して左右方向に斜上下の往復動を与えると共にその揺上側に側壁を設ける構成とし、この構成によって、撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側方向に隆積させ、比重の小なる穀物を反対側に偏流させて分離させることを必須の要件とし、もって、前記1(3)記載の効果を奏するようにしたものであって、それ以外の構成は本件発明の要旨に含まれない、という他ない。

したがって、本件発明は特許請求の範囲に記載された構成を要旨とするものであって、撰別盤が左右方向に水平状態に保持されていることを要旨とするものではなく、また、水平状態に保持されている構成にのみ限定されるものでもないから、本件発明の撰別盤1の図面が水平に変更され、縦方向(左右方向)の傾斜がなくなったとの理由をもって、本件発明は要旨変更であるとすることはできない、とした審決の認定判断に誤りはない。

(2)(a)  次に、原告は、本件発明の特許請求の範囲に記載された要旨たる技術的事項の内、「撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させる」との技術的事項は、原出願当初明細書及び図面に実質的に記載されていたということができる、とした審決の認定判断は誤りである旨主張する。原告の上記主張の理由は、撰別盤を縦方向(左右方向)に傾斜させる場合と撰別盤を縦方向に傾斜させず、水平状態に保持させる場合とでは、撰別原理を異にし、本件発明の要旨とする上記技術的事項は撰別盤を水平状態に保持しなければ生じない構成であるところ、撰粒盤を水平状態に保持する構成は原出願当初明細書に開示されていないから、本件発明は要旨変更に当たる、というにある。

まず、成立に争いのない甲第3号証の1によれば、原出願明細書は、活字により原文が作成された後多数の箇所に手書きによる加除訂正が加えられているが、その第1頁の上部欄外に「出頭訂正35.2.1」と加筆されていることが認められ、これら甲第3号証の1の記載内容に照らすと、原出願当初明細書は活字部分のみより成り、その出願後の昭和35年2月1日に特許出願人が特許庁に出頭して上記加除訂正を行なったものと認めるのが相当である。そこで、以下、甲第3号証の1の加除訂正された部分を除いた活字部分が原出願当初明細書の記載事項であるとの前提に基づいて、本件発明の上記技術的事項が原出願当初明細書及び図面に記載されているかについて、検討する。

(b)  そこで、原出願当初発明がどのような構成に基づいて、撰別作用を行うものであるかについてみると、前掲甲第3号証の1によれば、原出願当初明細書及び図面には次のとおり記載されていることが認められる。

<1> 特許請求の範囲の記載事項

「 粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ該盤上の横方向の一側に供給する雑粒混合粒体を横の他側方向に流動せしめながら該盤の縦方向の高低両側に異種粒を偏流撰別することを特徴とする撰別機。」(7頁11行ないし15行)

<2> 発明の詳細な説明の記載事項

 「 例図について1は多数の壺穴を押出した鉄板製の粗雑面撰粒盤で縦横共即ち経緯共に傾斜して支枠2に装着され支枠2と共に支粁3、3’及び4、4’によって縦方向に揺動するように装架され第4図、第5図に見るように撰粒盤1の縦方向の高側縁H1、低側縁L1には夫々撰別流路をなす側壁5及び6を設け撰粒盤1は支枠2に連なるエキセントリック装置7により縦に揺動する。8は給粒用タンク、9は撰粒盤1の横側端部に於て位置を移動調節するよう壁板に設けた流出口である。」(1頁15行ないし2頁6行)

 「 第6図は撰粒盤の応用例でaは多孔板を無孔板と接着したもの、bは圧搾して凹凸面を形成したもの、cは金網を無孔板と接着したものであるが撰粒盤には多孔壁を用いてもよい。」(2頁7行ないし10行)

 「 本発明の作用を実施例について説明すると先ず給粒用タンク8から雑粒混合原料例えば籾玄米の混合粒或は完全麦粒と砕麦粒の混合粒を撰粒盤1の横方向の一側中央部H2附近に供給すると縦に揺動されながら縦中間盤面を横方向の他側部L2に向い流動するが第5図の如くH2とL2間の行程に於て穀粒は連続的にその点線矢印の横流れの両側方即ち黒線矢印、白線矢印の縦の高低両側方に夫々偏流され籾又は完全麦粒は縦低部白線矢印に、玄米又は砕麦粒は反対の縦高部黒線矢印に偏流する。即ち盤1の揺動角が盤1の傾斜角より大きいので、粒大又は流動抵抗の大なる籾とか完全麦粒若しくは長粒子は上流せず低位に向い流下し転動し易い玄米粒や砕麦粒は盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きいので粗雑面の抵抗によつて斜上高部に押進されると共に盤1が低方向に復する瞬間その関係位置にズレを生じ盤1に対して傾上縦方向に前進しこの振動運動を反復するので連続的に籾と玄米或は完全麦と砕麦は縦高低両側方に偏流され夫々の側壁5、6に沿い横の他側部L2の端部に於ける傾斜低部L3と傾斜高部L4とに籾と玄米を撰出し又完全麦粒と砕麦を撰出する。而してL3とL4間にはそれぞれの中間粒子が流出する。籾と玄米ならその混合粒又は完全麦粒と砕麦ならその中間粒大の砕麦粒が流出する。従ってL2部の流出口を分割すれば撰粒盤の種類も亦これによって定まる訳である。」(2頁11行ないし3頁19行)

 「この発明は混合粒を横に流しこの中から分離される異種粒を夫々縦の正逆双方向に分流するので混合粒は横に流れながら分離されただけその流量を減じ同時に逐次純度を高めて行くからますます縦方向の分離を容易にする。」(5頁1行ないし6行)

 「本発明の応用例について更に考察すると次の如きものがある。A.縦振動をなす撰粒盤を縦即ち経にのみ傾斜し横方向には傾斜せず水平をなす場合がある。即ちこの横即ち緯に対する撰粒盤の傾斜角は横流動の速度に関係するのみであるから時に横流動の方向に向い傾上し時に傾下し時に水平となす場合があり何れにしても本発明の要素をなすものではない。要するに撰粒盤上に供給される原料のなす山が該盤の横他側端部より高ければ揺動により必ず低い他側方に雪崩の如く流下して行くものである。(中略)C.撰粒盤の縦又は横の傾斜角度を任意に調節する。」(6頁2行ないし7頁3行)

<3> 図面

「第1図は側面図、第2図は平面図、第3図は正面図、第4図は斜面図、第5図は粒子の流動を説明した撰粒盤平面図、第6図は撰粒盤の拡大部分図、第7図は応用例図」(1頁4行ないし8行)であって、別紙図面2のとおりである。

以上の認定事実を総合すると、原出願当初明細書の特許請求の範囲には「粗雑面をなす撰粒盤を縦方向に傾斜して縦に振動せしめ」とのみあるが、原出願当初明細書及び図面、特に前記<2>に開示された実施例は、撰粒盤を縦横共即ち経緯共に傾斜させて(前記<2>及び第4図参照)撰別を行うものである。そして、その撰別作用は、給粒用タンク8から雑粒混合原料、例えば籾玄米の混合粒を撰粒盤1の横方向の一側中央部H2附近に供給すると縦に揺動されながら縦中間盤面を横方向の他側部L2に向い流動するが、第5図に示すように、籾は縦低部白線矢印に、玄米は反対の縦高部黒線矢印にそれぞれ偏流し、これを傾斜低部、傾斜高部からそれぞれ取り出すことによって行われるが、このような撰別作用は、「盤1の揺動角βが盤1の傾斜角αより大きい(第1図参照)ので粗雑面の抵抗によって斜上高部に押進されると共に盤1が低方向に復する瞬間その関係位置にズレを生じ盤1に対し傾上縦方向に前進しこの振動運動を反復する」、すなわち、撰粒盤が斜め上方に揺動することにより混合粒は揺上側に隆積するが、その際籾に比して比重が大きく表面の摩擦が小さい玄米は下層に沈下し、軽い籾は上層に浮上し、転じて撰粒盤が斜め下方に揺動することにより籾は隆積した混合粒の傾斜面から揺下側へ偏流し、この作用が繰り返されることにより玄米と籾が分離撰別されることが明らかである。

原告は、原出願当初明細書の前記<2>A.の記載を引用して横方向の撰粒盤の傾斜は分離とは関係がない旨主張するが、原出願当初明細書及び図面に開示された技術的事項から理解し得る撰別原理は前記のとおりであって、この記載は、横方向の傾斜が撰粒盤上の穀粒が流出側への流下する流動速度に関係することを説明したものであり、上記認定の撰別作用と相反することを説明しているものとはいえないから、原告の前記主張は理由がない。

したがって、当業者が原出願当初明細書及び図面の上記記載事項に接した場合、原出願当初発明は撰粒盤を縦方向に傾斜させることを要件としているが、原出願当初明細書及び図面には、表面を粗雑面とした撰粒盤を斜め上下方向に揺動する構成により撰別を行う構成が開示されており、この撰粒盤自体の傾斜角は撰別原理と直接の関係がなく、盤を横方向に傾斜させれば上層に浮上した籾の偏流を促進して撰粒効果を高めることができ、また、その故に応用例として撰別効果をどの程度求めるかにより撰粒盤の縦又は横の傾斜角度を任意に調節することができるものと容易に理解する、というべきである。

(c)  次に、本件発明がどのような構成に基づいて、撰別作用を行うものであるかについて検討する。

本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、前記1認定のとおりであって、本件発明は、従来の揺動する撰別盤を有する穀粒撰別機が撰別盤を水平に揺動させ、あるいは撰別盤に多数の通孔を形成したものを用いることによって生じた欠点を解消し、特許請求の範囲記載の構成を採用することによって、撰別盤を無孔とし、穀粒間の密度を大にし、その斜め上下方向の揺動により穀粒間の摩擦を利用しながら、穀粒の分離を促して撰別を行い、もって同(3)記載の作用効果を奏するものである。

そして、前掲甲第2号証によれば、本件明細書及び図面には、本件発明の撰別作用について、別紙1記載の図面に図示した実施例に基づき、「籾米粒と玄米粒の混合粒を供給タンク16より各段の撰別盤1、1・・・の供給側Hに均等に供給し、偏心輪14を回転させて撰別盤1、1を揺動させると、支台2を取付けている支杆12、12が斜めに軸着6、7されている関係上、矢印Wのごとく左右側に斜め上下動をする。したがって、撰別盤1、1は、そのHL間を流動する穀物に対して左右方向に斜め上下の往復揺動Wをすることになる。しかして、斜め上下のあおり運動をうけた混合粒は第一次現象として比重の大なる玄米粒は下層に沈下し、比重の小なる籾粒は玄米粒の上層を浮上する。そして、下層に沈下した玄米粒は、第二次現象として、側壁3方向に揺寄せられて隆積し、上層を浮上した籾粒は、その反動で反対側に偏流し、この状態を保ちながら、徐々に、排出側L方向に流動し、玄米は、第1図のE1線のごとく流動して排出される。籾粒は、逆にE3線をもって表示したごとく揺下側に向って集合して落粒防止用側壁4にそって偏流する。分離されない混合中間粒E2のように排出される。」(3欄19行ないし4欄5行)と記載されていることが認められる。

以上の認定事実を総合すると、本件発明の撰別作用は、供給タンク16から籾玄米の混合粒を撰別盤1の供給側中央部附近に供給し、撰別盤1を揺動させると、撰別盤は左右側に斜め上下動をし、これにより混合粒は揺上側に隆積するが、その際籾に比して比重が大きく表面の摩擦が小さい玄米は下層に沈下し、軽い籾は上層に浮上し、転じて撰別盤が斜め下方に揺動することにより籾は隆積した混合粒の傾斜面から揺下側へ偏流し、この作用が繰り返されることにより玄米と籾が分離撰別されることが明らかである。

(d)  前記(b)及び(c)認定事実に基づき、原出願当初発明と本件発明の撰別作用を対比すると、両者は共に撰別盤を斜め上下方向に揺動することにより比重の重い玄米を撰別盤の一方の側に隆積させ、比重の軽い籾粒を他方の側に偏流させることにより撰別するものであって、両者の撰別原理は同一であり差異はないというべきである。

原告は、本件明細書の実施例に記載された縦方向水平にした撰別盤と原出願当初明細書に記載された縦方向約8度傾斜した撰粒盤とを用いて撰別を行った実験報告書等(弁論の全趣旨により成立の認められる甲第4号証・甲第14号証・甲第16号証等)を提出して、本件発明と原出願当初発明では、撰別原理が異なることが実証された旨主張する。

しかしながら、撰別の効果は、撰別盤を構成する粗雑面の形状、揺動角度の設定、揺動回数等の条件によっても左右されることは技術的に自明であり、撰別効果をどの程度求めるかによりこれらの条件を設定し、撰粒盤の縦又は横の傾斜角度を任意に調節することは当業者が適宜に決定できる技術的事項と認められ、このことは弁論の全趣旨により成立の認められる試験結果報告書(乙第2号証)、揺動撰別機試験表(乙第3号証)、写真撮影報告書(乙第4号証)等により裏付けられているから、前記甲第号各証に両発明の撰別原理が異なるかのような記載があるからといって、前記認定判断を左右するものではない。

したがって、本件発明の特許請求の範囲に記載された要旨たる技術的事項の内、「撰別盤上の混合粒のうち、比重の大なる穀物粒を揺上側H1方向に隆積させ、比重の小なる穀物はその反動で反対側に偏流させて分離させる」との技術的事項は、原出願当初明細書及び図面に実質的に記載されていたということができる、とした審決の認定判断に誤りはない。

(3)  以上のとおりであるから、本件発明は要旨変更に当たらないとした審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存しない。

3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

<省略>

別紙図面 2

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